黄英(下)
田中貢太郎

間もなく主人が出てきた。果して陶であった。馬はひどく喜んで別れてからの後の話をして、とうとうそこに泊った。馬は陶に、
「姉さんも待ちかねている、ぜひいっしょに帰ろう」
 と言った。陶は言った。
「金陵は僕の故郷ですから、ここで結婚しようと思ってるのです、すこしばかり金がありますから、姉さんにやってください、年末になったら、ちょっと往きますから」
 馬は、
「とにかく一度帰ろう、姉さんも待ちかねてるから」
 と言って聴かなかった。そしてしきりに帰ることをすすめて、そのうえで言った。
「家は幸いに金があるから、ただ坐ってくらしておればいいのだ、もう商売なんかしなくてもいい」
 馬はそこで肆の中へ坐って、肆の男に価あたいを言わして、やすねで売ったので、数日のうちに売りつくした。馬はそれから陶に逼せまって旅準備たびじたくをして、舟をやとうてとうとう北へ帰ってきた。そして我家へ帰ってみると、黄英はもう家の掃除をして、牀榻ねだいと裀褥ふとんの用意をしてあった。それはあらかじめ弟の帰るのを知っていたかのように。
 陶は帰って旅装束を解くと、人をやとうて亭園ていえんをしつらえさした。そして毎日馬と棋きをやったり酒を飲んだりして、他に一人の友達もつくらなかった。馬は陶に結婚させようとしたが承知しなかった。黄英は二人の婢を陶の寝所につけたが、三四年たって一人の女の子が生れた。
陶は素もとから酒が強かったから、従ってぐでぐでに酔うことはなかった。馬の友人に曾そうという者があったが、これも酒豪で相手なしときていた。ある日その曾が馬の所へきたので馬は陶と飲みっくらをさした。二人はほしいままに飲んでひどく歓び、知りあいになるのが晩おそかったことを恨んだほどであった。辰の刻から飲みはじめて夜の二時比まで飲んだが、数えてみるとそれぞれ百本の酒を飲んでいた。曾は泥なまこのようにぐにゃぐにゃに酔っぱらって、そこに寝込んでしまった。陶は起って寝に帰ったが、門を出て菊畦を践ふんでゆくうちに、酔い倒れて衣きものを側にほうりだしたが、そのまま菊になってしまった。その高さは人位で十あまりの花が咲いたが、皆拳よりも大きかった。馬はびっくりして黄英に知らした。黄英は急いで往って、菊を抜いて地べたに置いて、
「なぜこんなにまで酔うのです」
 と言って、衣をきせ、馬を伴れて帰って往ったが、
「見てはいけないですよ」
 と言った。朝になって往ってみると陶は畦のへりに寝ていた。馬はそこで二人が菊の精だということを悟ったのでますます二人を敬い愛した。
 そして陶は自分の姿を露わしてからは、ますます酒をほしいままに飲むようになって、いつも自分から手紙を出して曾を招よんだ。で、二人は親しい友達となった。
 二月十五日の花朝かちょうの日のことであった。曾が二人の僕に一甕ひとかめの薬浸酒やくしんしゅを舁かつがしてきたので、二人はそれを飲みつくすことにして飲んだが、甕の酒はもうなくなりかけたのに、二人はなおまだ酔わなかった。馬はそこでそっと一瓶の酒を入れてやった。二人はまたそれを飲んでしまったが、曾は酔ってつかれたので、僕が負って帰って往った。
 陶は地べたに寝てまた菊となったが、馬は見て慣れているので驚かなかった。型の如く菊を抜いてその傍に番をしながら、もとの人になるのを待っていたが時間がたってから葉がますます萎しおれてきた。馬はひどく懼おそれて、はじめて黄英に知らした。黄英は知らせを聞いて驚いて言った。
「しまった」
 奔はしって往ってみたが、もう根も株も枯れていた。黄英は歎き悲しんで、その梗くきをとって盆の中に入れ、それを持って居間に入って、毎日水をかけた。馬は悔い恨んでひどく曾を悪にくんだが、二三日して曾がすでに酔死したということを聞いた。
 盆の中の花はだんだん芽が出て、九月になってもう花が咲いた。短い幹に花がたくさんあって、それを嗅ぐと酒の匂いがするので、酔陶と名をつけて、酒をかけてやるとますます茂った。
 後に女むすめは成長して家柄のいい家へ嫁入した。
 黄英はしまいに年をとったが、べつにかわったこともなかった。

作品原文

马子才,顺天人。世好菊,至才尤甚。闻有佳种,必购之,千里不惮。 一日,有金陵客寓其家,自言其中表亲有一二种,为北方所无。马欣动, 即刻治装,从客至金陵。客多方为之营求,得两芽,裹藏如宝。归至中途, 遇一少年,跨蹇从油碧车,丰姿洒落。渐近与语。少年自言:“陶姓。” 谈言骚雅。因问马所自来,实告之。少年曰:“种无不佳,培溉在人。” 因与论艺菊之法。马大悦,问:“将何往?”答云:“姊厌金陵,欲卜居 于河朔耳。”马欣然曰:“仆虽固贫,茅庐可以寄榻。不嫌荒陋,无 烦他适。”陶趋车前,向姊咨禀。车中人推帘语,乃二十许绝世美人也。 顾弟言:“屋不厌卑,而院宜得广。”马代诺之,遂与俱归。
第南有荒圃,仅小室三四椽,陶喜,居之。日过北院,为马治菊。菊已 枯,拔根再植之,无不活。然家清贫,陶日与马共食饮,而察其家似不举火。马妻吕,亦爱陶姊,不时以升斗馈恤之。陶姊小字黄英,雅善谈, 辄过吕所,与共纫绩。陶一日谓马曰:”君家固不丰,仆日以口腹累知 交,胡可为常。为今计,卖菊亦足谋生。”马素介,闻陶言,甚鄙 之,曰:“仆以君风流高士,当能安贫,今作是论,则以东篱为市井, 有辱黄花矣。”陶笑曰:“自食其力不为贪,贩花为业不为俗。人固不 可苟求富,然亦不必务求贫也。”马不语,陶起而出。自是,马所 弃残枝劣种,陶悉掇拾而去。由此不复就马寝食,招之始一至。未几,菊将 开,闻其门嚣喧如市。怪之,过而窥焉,见市人买花者,车载肩负,道 相属也。其花皆异种,目所未睹。心厌其贪,欲与绝;而又恨其私秘佳本, 遂款其扉,将就诮让。陶出,握手曳入。见荒庭半亩皆菊畦,数椽之外无旷 土。劚去者,则折别枝插补之;其蓓蕾在畦者,罔不佳妙:而细认 之,尽皆向所拔弃也。陶入屋,出酒馔,设席畦侧,曰:“仆贫不能守清戒,连朝幸得微资,颇足供醉,”少间,房中呼“三郎”,陶诺而去。俄 献佳肴,烹饪良精。因问:“贵姊胡以不字?”答云:“时未至。“问:“何 时?”曰:“四十三月。”又诘:“何说?”但笑不言。尽欢始散。过宿, 又诣之,新插者已盈尺矣。大奇之,苦求其术。陶曰:“此固非可言传;且 君不以谋生,焉用此?”又数日,门庭略寂,陶乃以蒲席包菊,捆载数车而 去。逾岁,春将半,始载南中异卉而归,于都中设花肆,十日尽售,复 归艺菊。问之去年买花者。留其根,次年尽变而劣,乃复购于陶。陶由此日 富:一年增舍,二年起夏屋。兴作从心,更不谋诸主人。渐而旧日花畦,尽 为廊舍。更于墙外买田一区,筑墉四周,悉种菊。至秋,载花去,春尽 不归。而马妻病卒。意属黄英,微使人风示之。黄英微笑。意似允许,惟专 候陶归而已。年馀,陶竟不至。黄英课仆种菊,一如陶。得金益合商贾,村 外治膏田二十顷,甲第益壮。忽有客自东粤来,寄陶生函信,发之,则 嘱姊归马。考其寄书之日,即妻死之日;回忆园中之饮,适四十三月也。大 奇之。以书示英,请问“致聘何所”。英辞不受采。又以故居陋,欲使就南 第居,若赘焉。马不可,择日行亲迎礼。黄英既适马,于间壁开扉通南第, 日过课其仆。
马耻以妻富,恒嘱黄英作南北籍,以防淆乱。而家所 需,黄英辄取诸南第。不半岁,家中触类皆陶家物。马立遣人一一赍还之, 戒勿复取。未浃旬,又杂之。凡数更,马不胜烦。黄英笑曰:“陈仲子 毋乃劳乎?”马惭,不复稽,一切听诸黄英。鸠工庀料,土木大作,马不能禁。经数月,楼舍连亘,两第竟合为一,不分疆界矣。然遵马教, 闭门不复业菊,而享用过于世家。马不自安,曰:“仆三十年清德,为 卿所累。今视息人间,徒依裙带而食,真无一毫丈夫气矣。人皆祝 富,我但祝穷耳!”黄英曰:“妾非贪鄙;但不少致丰盈,遂令千载下 人,谓渊明贫贱骨,百世不能发迹,故聊为我家彭泽解嘲耳。然贫者愿富,为难;富者求贫,固亦甚易。床头金任君挥去之,妾不靳也。”马 曰:“捐他人之金,抑亦良丑。”英曰:“君不愿富,妾亦不能贫也。无已, 析君居:清者自清,浊者自浊,何害。”乃于园中筑茅茨,择美婢往侍 马。马安之。然过数日,苦念黄英。招之,不肯至;不得已,反就之。隔宿 辄至,以为常。黄英笑曰:“东食西宿,廉者当不如是。”乌亦自笑, 无以对,遂复合居如初。
会马以事客金陵,适逢菊秋。早过花肆,见肆中盆列甚烦,款朵佳胜, 心动,疑类陶制。少间,主人出,果陶也。喜极,具道契阔,遂止宿焉,要 之归。陶曰:“金陵,吾故土,将婚于是。积有薄资,烦寄吾姊。我岁杪当 暂去。”马不听,请之益苦。且曰:“家幸充盈,但可坐享,无须复贾。” 坐肆中,使仆代论价,廉其直,数日尽售。逼促囊装,赁舟遂北。入门,则 姊已除舍,床榻裀褥皆设,若预知弟也归者。陶自归,解装课役,大修亭园, 惟日与马共棋酒,更不复结一客。为之择婚,辞不愿。姊遣二婢侍其寝处, 居三四年,生一女。
陶饮素豪,从不见其沉醉。有友人曾生,量亦无对。适过马,马使 与陶相较饮。二人纵饮甚欢,相得恨晚。自辰以迄四漏,计各尽百壶。 曾烂醉如泥,沉睡座间。陶起归寝,出门践菊畦,玉山倾倒,委衣于侧, 即地化为菊,高如人;花十馀朵,皆大于拳。马骇绝,告黄英。英急往,拔 置地上,曰:“胡醉至此!”覆以衣,要马俱去,戒勿视。既明而往,则陶 卧畦边。马乃悟姊弟菊精也,益敬爱之。而陶自露迹,饮益放,恒自折柬招 曾。因与莫逆。值花朝,曾乃造访,以两仆舁药浸白酒一坛,约与共 尽。坛将竭,二人犹未甚醉,马潜以一瓻续入之,二人又尽之。曾醉 已惫,诸仆负之以去。陶卧地,又化为菊。马见惯不惊,如法拔之,守其旁 以观其变。久之,叶益憔悴。大惧,始告黄英。英闻骇曰:“杀吾弟矣!” 奔视之,根株已枯。痛绝,掐其梗,埋盆中,携入闺中,日灌溉之。马悔恨 欲绝,甚怨曾。越数日,闻曾已醉死矣。盆中花渐萌,九月既开,短干粉朵, 嗅之有酒香,名之“醉陶”,浇以酒则茂。后女长成,嫁于世家。黄英终老, 亦无他异。
异史氏日:“青山白云人,遂以醉死,世尽惜之,而未必不自以 为快也。植此种于庭中,如见良友,如对丽人,不可不物色之也。”

黄英(上)
田中貢太郎

 馬子才ばしさいは順天じゅんてんの人であった。その家は代々菊が好きであったが、馬子才に至ってからもっとも甚しく、佳い種があるということを聞くときっと買った。それには千里を遠しとせずして出かけて往くという有様であった。
 ある日、金陵の客が来て馬の家に泊ったが、その客が、
「自分のいとこの家に、佳い菊が一つあるが、それは北の方にはないものだ」
 と言った。馬はひどく喜んで、すぐ旅装を整えて、客に従ついて金陵へ往ったが、その客がいろいろと頼んでくれたので、二つの芽を手に入れることができた。馬はそれを大事にくるんで帰ってきたが、途の中ほどまで帰った時、一人の少年に逢った。少年は驢ろばに乗って幕を垂れた車の後から往っていたが、その姿がきりっとしていた。だんだん近くなって話しあってみると、少年は自分で陶とうという姓であると言ったが、その話しぶりが上品で趣があった。そこで少年は馬の旅行しているわけを訊いた。馬は隠さずにほんとうのことを話した。すると少年が言った。
「種に佳くないという種はないのですが、作るのは人にあるのですから」
 そこでいっしょに菊の作り方を話しあった。馬はひどく悦よろこんで、
「これから何所どこへいらっしゃるのです」
 と言って訊いた。少年は、
「姉が金陵を厭がりますから、河北かほくに移って往くところです」
 と答えた。馬はいそいそとして言った。
「僕の家は貧乏ですが、榻ねだいを置く位の所はあります、きたなくておかまいがなけりゃ、他ほかへ往かなくってもいいじゃありませんか」
 陶は車の前へ往って姉に向って相談した。車の中からは簾すだれをあげて返事をした。それは二十歳はたちばかりの珍しい美人であった。女は陶を見かえって、
「家はどんなに狭くてもかまわないけど、庭の広い所がね」
と言った。そこで陶の代りに馬が返事をして、とうとういっしょに伴れだって帰ってきた。
 馬の家の南に荒れた圃はたがあって、そこに椽たるきの三四本しかない小舎こやがあった。陶はよろこんでそこにおって、毎日北の庭へきて馬のために菊の手入れをした。菊の枯れたものがあると、根を抜いてまた植えたが、活きないものはなかった。
 しかし家は貧しいようであった。陶は毎日馬といっしょに飯を喫くっていたが、その家の容子ようすを見るに煮たきをしないようであった。馬の細君の呂は、これまた陶の姉をかわいがって、おりおり幾升いくますかを恵んでやった。陶の姉は幼名を黄英こうえいといっていつもよく話をした。黄英は時とすると呂の所へ来ていっしょに裁縫したり糸をつむいだりした。
 陶はある日、馬に言った。
「あなたの家も、もともと豊かでないのに、僕がこうして毎日厄介をかけているのですが、いつまでもこうしてはいられないのです、菊を売って生計くらしをたてたいとおもうのですが」
 馬は生れつき片意地な男であった。陶の言葉を聞いてひどく鄙いやしんで言った。
「僕は、君は風流の高士で、能よく貧に安んずる人と思ってたが、今そんなことを言うのは、風流をもってあきないとするもので、菊を辱めるというものだね」
 すると陶は笑って言った。
「自分の力で喫ってゆくことは、貪むさぼりじゃあないのです、花を販うって、生計をたてることは、俗なことじゃないのです、人はかりそめに富を求めてはならないですが、しかし、また務めて貧を求めなければならないこともないでしょう」
馬がそれっきり口をきかないので、陶も起って出て往ったが、それから陶は馬の所で寝たり食事をしたりしないようになった。呼びにやるとやっと一度位は来た。その時から陶は馬の棄ててある菊の枝の残りや悪い種のものを悉く拾って往くようになった。
 間もなく菊の花が咲いた。馬は陶の家の門口が市場のようにやかましいのを聞いて、へんに思って往って窺のぞいてみた。そこには市まちの人が集まってきて菊の花を買うところであった。そしてその人達が車に載せたり肩に負ったりして帰って往くのが道に続いていた。その花を見るに皆かわり種の珍しいもので、馬のまだ一度も見たことのないものであった。馬は心に陶が金を貪るのを厭いとうて絶交しようと思ったが、しかしまたひそかに佳い木をかくしているのが恨めしくもあって、とうとう逢って誚せめてやろうと思って扉を叩いた。すると陶が出てきて手をとって曳き入れた。
 見ると荒れた庭の半畝位は皆菊の畦あぜになって小舎の外には空地がなかった。抜き取った跡には別の枝を折って插してあった。畦に在る花で佳くないものはなかった、そして、細かにそれを見ると皆自分がいつか抜いて棄てたものであった。陶は内へ入って酒と肴を持ってきて、畦の側に席をかまえ、
「僕は清貧に安んずることができなかったのですが、毎朝幸いにすこしばかりの金が取れますので、酔っていただくことができます」
 と言った。暫くして房へやの中から、
「三郎」
 といって呼んだ。陶は、
「はい」
 と返事をして出て往ったが、すぐに立派な肴を出してきた。それは手のこんだ良い料理であった。馬はそこで、
「姉さんは、なぜ結婚しないのですか」
 といって訊いた。陶は答えて言った。
「時機がまだこないのです」
 馬は訊いた。
「いつです」
 陶は言った。
「四十三箇月の後です」
 そこで馬は、
「どういうわけです」
 と訊いたが、陶はただ笑うのみで何も言わなかった。
 二人はそこで歓を尽して別れた。翌日になった。馬はまた陶の所へ往った。新たに插してあったのがもう一尺にもなっていた。馬はひどく不思議に思って、
「ぜひ、その作り方を教えてください」
 と言ってしきりに頼んだ。陶は言った。
「これは口で教えることはできないですが、それにあなたは、菊で生計をたてていらっしゃらないから、そんな術はいらないでしょう」
 それから数日して陶の家はやや静かになった。陶はそこで蒲かばの莚むしろで菊を包んで、それを数台の車に載せて何所かへ往ったが、翌年の春の中比なかごろになって、南の方からめずらしい種を持って帰ってきた。そこで市中へ花肆はなみせを出して売ると、十日の間に売れてしまった。陶はまた家へ帰って菊を作ったが、客がまた群集した。訊いてみると、去年陶から花を買った者は、その根を残しておいて作ったが、尽ことごとくつまらないものとなってしまったので、そこでまた陶から買うことになったのであった。
それがために陶は日ましに富んで、一年目には家を建て増し、二年目には広い大きな家を新築し、思うままに建築したが、すこしも主人の馬には相談しなかった。陶は昔の花畦はなあぜが建物のためになくなってしまったので、さらに田を買って、周囲に墉かきを築いてすっかり菊を植えた。
 秋になって陶は花を車に載せて何所へか往ったが、翌年の春がすぎても帰らなかった。その時になって馬の細君の呂が病気で亡くなった。馬は黄英のことを心に思うて、人に頼んでちらとほのめかしてもらうと、黄英はにっと笑って、心の中では許しているようであった。そこで馬はもっぱら陶の帰るのを待っていたが、一年あまりしても陶はついに帰ってこなかった。
 黄英は僕げなんに言いつけて菊を植えたが、陶のやることとすこしもかわらなかった。そして、金をとることがますます多くなって、商人のすることにかなっていた。黄英はその金で村はずれに肥えた田を二十頃けい買って、屋敷をますます立派にした。と、馬の所へ東粤とうえつから客が来て陶の手紙を出した。開いてみるとそれは姉と結婚してくれという頼みであった。その手紙を出した日を考えてみると、それは細君の死んだ日であった。庭で酒を飲んだときのことを思いだしてみると、ちょうど四十三箇月目に当っていたからひどく不思議に思って、その手紙を黄英に見せて、
「何所へ結納ゆいのうをあげましょう」
 といって訊くと、黄英は、
「結納はおもらいしません」
 と言った。黄英は馬の家がきたないので、南の家におらして入婿のようにしようとしたが、馬はきかないで日を選んで黄英を自分の家へ迎えた。
 黄英はすでに馬の所へ往ってから、壁に扉を開けて南の家へ通えるようにした。そして毎日往って、自分の家の僕に言いつけていろいろの為事しごとをさした。馬は細君に金のあるのを恥じて、いつも黄英に言いつけて南の家と北の家の帳簿をこしらえさして、物のごたごたになるのを防がしたが、黄英は家に入用なものは、ややもすると南の家から取ってくるので、半年もしないうちに家の中にあるものは、皆陶の家のものばかりになった。馬はすぐに人をやって一いちそれを持ち帰らした。
「二度と取ってくるな」
 といって戒めたが、まだ十日もたたないうちに雑まじっていた。こんなことが幾回もくりかえされたので、馬はうるさくてたまらなかった。黄英は笑って言った。
「陳仲子、くたびれはしませんか」
 馬ははじてまたとしらべなかった。そして、一切のことは黄英に聴くようになった。黄英は大工を集め建築の材料をかまえて、工事を盛んにやりだしたが馬は止めることができなかった。二三箇月すると両方の家が一つに連なって、彊界きょうかいが解らなくなった。しかし、黄英は馬の教えに遵したごうて、門を閉じてまたと菊を商売にしないようになった。けれどもくらしむきは、家柄の家にも勝っていた。馬は自ら安んずることができないので、
「俺の三十年の清徳も、おまえのために累わずらわされてしまったのだ、この世の中に生きていて、徒いたずらに女に養われるということは、ほんとうに、すこしも男らしくないことだ、人は皆富をいのるけれども、俺はただ貧をいのるのだ」
 と言った。黄英は言った。
「私は金を貪るつもりはないのですが、ただすこし豊かにならないと、後世の人に、あの淵明は貧乏性だ、いつまでも世に出ることができなかったじゃないかと言われるのですから、それで我家うちを豊かにしていいわけにしたのです、だけど、貧乏人が金持になろうとするのはむつかしくっても、金持が貧乏になろうとするのは、わけのないことなのです、私の金は、あなたが勝手に遣ってしまってください、私は惜しくはありませんから」
 馬は言った。
「他人の金を遣うのも、やはりよくないことなのだ」
 そこで黄英が言った。
「あなたは金持が厭だし、私は貧乏ができないし、しかたがなければ、あなたと家を別けて、清い者は清く、濁った者は濁ってることにしたら、さしつかえがないじゃありませんか」
 そこで庭の中に茅葺かやぶき屋根を建てて馬を住まわし、きれいな婢じょちゅうを選んでつけてあった。馬はそれでおちついたが、しかし、数日するとひどく黄英のことが思われるので呼びにやった。黄英はどうしてもこなかった。馬はしかたなしに自分から黄英の方へ往った。馬はそれから一晩おきに黄英の方へ往くのが例になった。黄英は笑って、
「東食西宿とうしょくせいしゅくですね、廉潔な人はこんなことをしないでしょうね」
 と言った。馬もまた自分で笑って返事ができなかった。そこでとうとう初めのようにいっしょにいることになった。
 ある時、馬は用事ができて金陵へ旅行したが、ちょうど九月九日の菊日に逢ったので、朝早く花屋に往った。肆の中には菊の盆はちがうるさいほど列んでいたが、皆枝ぶりの面白い美しい花の咲いたものばかりであった。馬はそれがどうも陶の作った菊に似ていると思った。

荷花公主(下)
田中貢太郎

友人は手にしていた手紙を此方の舟の中へ投げ込んだ。
「ありがとう」
「では明日にでもまた逢おう、やってきたまえ」
「ああ、行くよ」
 舟は見る間に行き過ぎてしまった。彭は急いで手紙を開けて見た。それは母親の病気を知らしてきたものであった。
「母が病気だ」
 彭は母の病気が心配になってきたが、しかし、女と離れるのが苦しいので困って考え込んだ。
「お母さんが御病気なら、お帰りにならなくちゃいけません、私もごいっしょにまいります」
 二人は其所から引返して判官の前へ行った。判官は女の体が弱いと言って、いっしょに行くことを許さなかった。
「これは体が弱いから遠くへは行けない、しかし、お母さんの病気は、もう好くなっているから心配はないが、貴君は子として一度は帰ってくるがいいだろう」
 判官は一粒の丸薬を出して彭に渡した。
「帰ったらこれをお母さんに飲ますがよい、これを飲むと決して年を取らない」
 彭は一人で帰ることにして女に言った。
「秋にはきっと帰ってくる」
 すると女は涙を見せて言った。
「この二三ヶ月、お腹の具合が変でございます、どうか忘れずにいてください」
 彭はその日出発して故郷へ帰ったが、帰ってみると母の病気は癒っていた。彭は母を連れて銭塘の方へこようとしたが、母が遠くへ出るのを嫌うので、一人で引返して聖慶寺せいけいじに寄り、翌日水仙廟の後ろへ帰って行った。
 簷を並べていた楼閣は影もなくなって榛莽しんぼうが一めんに繁っていた。彭はもし方角が違ったのではないかと思って、その辺を捜してまわったが、他にそれらしい建物も見えなかった。
そのうちに日が暮れかけた。彭はしかたなしに西冷橋せいれいきょうまで帰ってきた。橋を渡ろうとしてふと見ると、東の方から見覚えのあるかの女がきた。
「貴郎」
「お前か」
 二人は手を取り合った。
「家がなくなっているが、どうしたのだ」
「家が焼けたものですから、雷峰塔の下へ移りました」
「そうか、ちっとも知らなかった」
 二人は其所から舟を雇うて雷峰塔の下へ行った。雷峰塔の下には楼閣が簷を並べていた。
「此所ですよ」
 二人は舟をあがって行った。朱の柱をした綺麗な室が二人を待っていた。女は迎えに出てきた婢じょちゅうに言いつけて酒の準備したくをさした。女はすこし離れている間に濃艶な女になっていて、元のようなおどおどした可憐な姿はなかった。女はまだ御馳走が終らないのに彭を連れて寝室へ入って行った。
 女は彭に絡まりついて離れなかった。それがために彭は翌日体が起たなかった。女はすこしも傍を離れないで介抱をした。彭はそれが非常に厭いとわしかったがどうすることもできなかった。
 たちまち帷をはねあげて入ってきた者があった。彭は驚いて重い眼を開けた。それは自分の傍にいる女とすこしも変らない女であった。入ってきた女は彭の傍へ寄るなりその背を撫でさすりながら泣いた。そして彭の枕頭にいる女に指をさして罵った。
「この悪魔、私の所夫おっとをこんなにしておいて、まだひどいことをしようというのか」
 彭は二人の顔を見較べてみたが、顔から髪から着物の色合から何方がどうとも識別みわけることができなかった。
「二人とも何も言うな、俺はもうすぐ死んじまうのだ」
 入ってきた女はまた声を出して泣きだしたが、急になにか思いだしたようにそのまま走って出て行った。
 彭はそのままぐったりとなっていた。それは夕方であった。さっきの女が侍女を連れて、それに体の真黒な頂の丹あかい鶴を抱かして入ってきた。と、彭の傍にいた女は体が萎縮したようになって其所へ倒れてしまった。侍女は鶴を放した。その鶴の嘴は倒れた女の頭へ行った。女の姿は白い大きな蛇になった。鶴の嘴はその蛇の腹へ行った。蛇の腹からは小さな玉が出て転がった。女はその玉を拾ってから彭の眼の前に出した。
「これは、雷峰塔の蛇が、私に化けていたものですよ、私が舅さんに随いて、瑤池ようちへ行って、王母にお眼にかかっている留守に、貴郎をたばかったものですよ、この鶴は、王母の所から借りてきたものです、貴郎の毒はひどいが、この玉と雄黄ゆうおうとを練って飲むと、すぐ癒りますから心配はいりません」
 女は侍女にその玉を渡して薬を拵えてこさした。侍女は次の室へ行ってすぐ薬を拵えてきた。
 彭は三日ばかりすると起きれるようになったので、女といっしょに帰って行った。其所はやはり孤山の麓にある水晶閣であった。
 女は生れて二月ぐらいになる児こどもを抱いてきた。それは女から生れたものであった。彭は喜んだ。
「この子は来復らいふくとつけよう」
 それを聞くと女は泣きだした。
「私はこの子の成長を見ることができませんから、貴郎が好く面倒を見てやってください」
「何故そんなことを言うのだ」
「私は紫府しふの侍書じしょでしたが、貴郎とこういうことになったために、その罪で黄岡こうこうの劉修撰の家の児に生れかわることになりました」
 女はそう言って泣きながら彭の手から児を取って乳を飲ましていたが、すぐそれを彭に返してひらひらと出て行った。そして、十足ばかり行くともう見えなくなってしまった。


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  • (说实话写的太严谨太长大家更不愿意看)所以我只能说,佛度有缘人,只写给能看懂的人,也只能这样了。我自己看待别人的言论时,更多的是关注,自己能从中学到什么,看看能
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  • ”黄可随后也在朋友圈再度发文,表示文字内容都是自己的个人理解和猜测,因为发现很多人拿带自己头像的截图断章取义,还有卖货的也在发,再加上对自己莫名其妙被人骂成是带
  • 可以借给我 100w 现金用于买房,若不买房,年收益约 3%,个人愿意 996、也愿意租房漂泊,内心城市排名:北 = 沪 > 深 > 广 >
  • ’阅读提示:1、日常流,纪念我已经结束的大学生活2、攻诡计多端型,钓系,只钓受3、恋爱前的拉扯和恋爱后的戏份应该差不多我很喜欢窗户纸戳破前的无声暧昧原来六年过的
  • 你们啥都不是,你们是狗比、没有能力、完蛋货,就一直这么做,这可咋整!我是中国黑龙江省铁力市人,一个老百姓,崔占博,所以你们得不到好处,因为联系不上,是你们过你们
  • 笑死我了 和人聊天聊起来说你当时是真的很喜欢我了现在谈的女朋友都不发朋友圈 然后今天发现你也许大概可能是分手了哈哈哈哈哈哈哈哈哈妈的 不过我想你最喜欢的也许是x
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